おでかけ

2019年3月 6日 (水)

山形から富山へ

お昼過ぎに蔵王でのスキーを終えて、いよいよ富山に向かって帰ります。本当は蔵王温泉で汗を流して帰りたいところなのですが、眠くなりそうなのでそのまま帰ることにします。

蔵王から帰るにはいくつかのルートがあります。Kaeri

ルート1

多少遠回りでもいいから全部高速道路で帰りたいなら山形自動車道で一旦東北道まで出て、郡山から磐越道に乗って新潟から東北道で帰るルート。お金がかかりますし、かなり遠回りなんですが、一番コースタイムは短いかも。

ルート2
13号線を米沢まで行き、121号線で峠を越えて会津に出る米沢街道ルート。昔は結構な難所で冬通るのは大変だったんですが、今は道も良くなりました。でも基本山道です。

ルート3
南陽市から国道113号線で新潟に抜けるルート。JR米坂線の線路に沿って行きます。鮭の遡上で有名な荒川に沿って行くルートですね。丁度朝日連峰と飯豊連峰の間を通って行きます。南陽市から村上市までは小国街道と呼ばれる街道ですね。

113号線は南陽市から逆に行けば、白石を経て相馬に抜ける日本海から太平洋まで丁度列島を真っ二つにスパッと切ったように直角に走っている道路です。南陽市から白石までのルートは七ヶ宿街道ですが、ここはまだ通ったことがないのでいずれ通ってみたいものです。

で、これら三つのルートは各々過去に通った事はありますが、今回は一番最近通った事のないルートと言うことで、南陽市から荒川に抜ける113号小国街道のルート3で行くことにしました。

南陽市からの113号線は今丁度バイパス工事が進んでいるようで、一部は自動車専用道路になっていました。いずれ日本海東北道と繋がる日がくるのでしょうか?まだまだ建設は始まったばかりな感じなんですけどね。

でも、新潟の胎内から南陽まで高速道路が繋がれば富山と山形が最短の高速道路で繋がる事になり、少し山形が近くなりますね。

実際遠いとか近いとかは、地図上の距離ではなくて、高速道路で何時間かかるかって言うことで計ることが出来ます。だから富山からだと、山形は仙台よりも距離的には近いんですけど、行きやすさから言うと「遠い」んです。移動時間がかかるという意味で。

南陽市からの113号線はかつて通った事があるとは言え、随分前の事なんで、久しぶりに通ることになります。

JR米坂線の線路と平行に進みます。米坂線は荒川沿いの景色が美しくローカル線が好きな人は距離も長いし面白いかもしれませんね。

私もかつて学生の時に青春18切符で乗ったことがあります。あんまり記憶ないけど。

会津と新潟を結ぶ磐越西線も乗ったことありますが、なかなかいい味出してましたね。

113号からは天気がよければ飯豊連峰や朝日連峰が見られます。今日は天気がそこそこよかったので気持ちよかったです。

道路に雪は全くなくて、荒川を右に左に見ながらのドライブ。

やがて新潟県に入ると「ねこちぐら」で有名な関川村に入ります。我が家のねこちぐらもここの品です。道の駅で休憩し、猫ちぐらの新品を見てきました。

113号線は胎内で日本海東北自動車道の「胎内荒川IC」にそのうちぶつかります。最短で行くならここで日本海東北自動車道に乗って新潟に向かうのがいいのですが、はっきり言ってつまんない道路なので。そのまま113号で新潟に向かうことにしました。

夕日が綺麗でしたからね。113号は真っ直ぐ日本海に突き当たると、そこから新潟市内まで海沿いに進む道路になります。

私はこの海沿いの113号がわりかし好きで、昔は何回も通った懐かしい道路です。海が綺麗なんですよね。190302162454266_photo
久しぶりに通ったら、風車がいっぱい出来ていました。富山県にはあまりないのでなじみが薄いのですが、新潟や秋田の海沿いにはかなりの数が立ち並んでいます。景観的には好きじゃないですね。

113号は新潟市中心まで続いているのですが、途中聖籠で新潟バイパス7号線に乗ります。凄く久しぶりに新潟バイパスを走りましたね。新潟バイパスは出来たときにはビックリしたものでしたが、今では全国に新潟バイパスのような国道バイパスが整備されていきましたね。

今回走った13号線もこんな感じのバイパス化が進んでいました。

新潟バイパスは真っ直ぐ行けばいずれ新潟西ICにぶつかり、後は北陸道でいつものごとく富山に帰るだけです。190302172504153_photo
燕市、三条市あたりで弥彦の山に沈む夕日が美しかったです。新潟平野には雪なんか全然ない。春の景色になってましたね。

しかし、それにしても三条市と燕市は醜い争いを続けている市で、そのせいでJRの駅は燕三条駅。高速道路のICは三条燕ICと県外の人から見たら意味が分からない感じになってます。語呂から言ったら燕三条のほうがしっくりきます。でも三条市と燕市は別々の市ですからそもそも一つに並べて言うことに無理があるんですけどね。

まぁ、こういった類いのことで無駄に長い町の名前をいくつも連ねたような名前ってありますね。全くもって不便ですけど。

とまぁ、こんな感じで無事に家まで帰ってきました。蔵王から家までは途中遠回りもした事もあって約7時間ってところですかね。

今回秋田に行って山形を経由して帰ってきましたけど、総走行距離は1500kmくらいでした。

次はいつ行けますかね。

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2019年3月 3日 (日)

山形駅あたりぶらぶら散歩

続きです。

最上義光歴史館を後にして今度は山形駅前に向かいました。山形駅前から伸びる山形駅前大通りを目指します。190301162947513_photo
山形市公園通りとよばれる通りらしいです。綺麗に整備され、歩道にはこのようなオブジェがいくつも置いてあって歩行者の目を楽しませてくれます。

この通りにはNHK山形放送局があります。豊烈神社という神社もあります。この神社は幕末に山形藩主になり近江浜松藩から転封された水野氏によって作られたそうです。水野藩祖水野忠元を豊烈霊神、水野家中興の祖水野忠邦を英烈霊神として祀っているそうです。

水野家は水野忠精が山形藩に入り奥羽列藩同盟に加わり、新政府軍に降伏、二代山形藩主水野忠弘の時に天領となり山形藩は消滅。山形最後の藩主になったのが水野家です。

水野家というと、徳川家康に仕えた譜代の名門で、幕府の要職を歴任した家柄であるので、薄っぺらい歴史認識の私なんかにすれば、なんで水野家が出羽に?と思うのであるが、実は水野家出羽山形藩主となった水野忠精とはあの有名な水野忠邦の息子なのです。

水野忠邦というと、天保の改革を行った老中として有名です。一般の人なら「遠山の金さん」で有名な遠山景元を登用した人物として有名。結局天保の改革は綱紀粛正や風俗取り締まりなどで民衆の評判はすこぶる悪く、それと対立した遠山景元が民衆の支持を得て、後に「遠山の金さん」のモデルになるなど、その引き立て役みたいになっちゃった感ありますね。

水野忠邦は歌舞伎を取り締まったので、後世それに反対した遠山景元が主人公の歌舞伎が演じられ、金さんが生まれたというわけですね。

天保の改革は貨幣の改鋳でインフレを招くなどで水野忠邦は失脚。忠邦は無能な老中の様な悪名を被ったちょっとかわいそうな人ですね。

当時は天保の大飢饉。大塩平八郎の乱。海外ではアヘン戦争など幕府の屋台骨を揺るがす大問題が続出。諸藩は困窮極め、徳川宗家も家斉の死去など、問題山積のどうしようもない時期で、その時に上手くいかなかったからダメな奴みたいな感じですが、誰がやってもダメだろという状況。それゆえに忠邦の評価についてはいろいろありますね。

と、長くなりましたが、その息子忠精が山形に来たのは、親父の失脚に伴う左遷というわけでございます。そんな事もあり、戊辰戦争の際は山形藩は奥羽列藩同盟に加わったもののすぐに降伏して、領地が焦土と化した会津のような惨劇を免れました。

とまぁ、話が膨らんでしまって長々と書いてしまった割には、写真がないという(失敗した)。

新しい土地に行くと、これなんだろなぁと思って歴史とか調べるんですが、それもまた楽しいものです。水野忠邦と山形の関係なんて全然知らなかったなぁ。勉強になりました。それで勉強したら忘れないように書いてみました。

山形駅に再び足を向けます。実は私はまだ10代だった頃の約25年あまり前に一度山形市内に宿泊して駅前を歩きました。1993年の冬のことです。1992年に山形新幹線が福島~山形間で開通しました。駅ビルがそれにあわせて建築途中で、山形駅を貫通する全天候型東西連絡道路「アピカ」もまだできておらず、現在のステーションビルもまだ完成してないという山形駅の歴史の転換点でした。

まだ昭和な感じの古くさい商店街だった記憶があります。今は再開発ですっかり様変わりしてしまって当時の面影があまり残っていません。190301163412807_photo
ちょっと昔の雰囲気。190301163613039_photo
確か、この写真奥の本屋に昔入ったかすかな記憶が・・・。でも回りのお店はすっかり変わっていると思います。190301163937250_photo
山形駅前に到着。駅前の通りは全く別の街に来たと思うくらい様変わりしています。

歩き疲れたので、山形駅の中のコーヒーショップでコーヒーを飲みながら、店内にいる高校生が話している言葉などを聞いて山形を感じていました。190301172930159_photo
山形駅を貫通する自由通路(アピカ)を通って駅の西口に向かいました。高校の卒業式シーズンなのか、花束を持った高校生などが歩いていました。

霞城セントラルに登って最上階の展望台に行ってみることにしました。最上階24階に展望台があります。エレベータは無料。太っ腹。190301173811738_photo
北側に先ほど歩いた山形城跡が見下ろせます。190301173458142_photo
南東側の駅前から奥の蔵王方面。まずまずの天候で、周囲の山が見渡せてラッキーでした。

丁度夕食の時間だったので、せっかくだから山形の郷土料理を食べようと思い、そんなメニューを出している居酒屋に行きました。190301175409330_photo
生ビールと山形料理のコースを注文。やっぱり山形と言えば芋煮でしょと言うことで芋煮を食べました。菜の花のからし和え、山形のもう一つの名物こんにゃくということで、青野こんにゃくの刺身。山形牛の佃煮。塩漬けリンゴチーズの4品。

ビールを飲んだら、山形の銘酒を楽しもうと言うことで、2杯目からは日本酒にしました。190301180654507_photo秋田で飲んだときもそうなんですが、種類ありすぎて悩んでしまいます。鶴岡市の亀の井酒造の「くどき上手純米吟醸」のもっきりをチョイス。フルーティーな甘みとさらっとした口触り。飲みやすいお酒。いやぁ、秋田の酒も美味かったけど、山形のお酒も負けちゃいませんね。でももっきりは升の方が好きだなぁ。190301182528672_photo
山形牛の串ステーキ。山形と言えば米沢牛が有名ですが、山形牛も有名。めっちゃ高くて、こんなちょっとでも嫁さんには言えないような値段しちゃうんで、これくらいで精一杯。口の中でふわっと溶けて消えていきました。190301183210257_photo
山形名物五品盛り。「玉こんにゃく」。「菊の酢の物」。「だだちゃ豆」。だだちゃ豆って知らなかったのですが、庄内地方で取れる枝豆の品種だそうな。「だだちゃ」とは庄内地方の方言で「おやじ」「お父さん」という意味らしい。

さらに「しそ巻き味噌」。しそ巻きは山形と言うよりは東北地方でよく食べられる料理ですね。

そして真ん中のが「だし豆腐」。よく分からなくて店員に聞いたら、豆腐本体が「だし豆腐」という名の豆腐なんではなくて。豆腐の上にかかっているのが「だし」というものらしい。つまり「だし」が上にかけてある豆腐が「だし豆腐」というものらしい。「出汁」≠「だし」。

じゃぁ「だし」ってなんなのさ?というときゅうり、茄子、みょうが、しぞ、昆布などを細かく刻んだ浅漬けの事らしい。で、特定のものを指すのではなくて、そういった類いのものという曖昧な感じのものだと理解する。ご飯にかけてもよし。そのまま食べてもよしみたいな万能食材なのかな?190301185850324_photo
そして最後の締めは「冷やし肉そば」。山形の河北町あたりで食べられるB級グルメだそうな。要は冷たい肉そば。鶏出汁に鶏肉というのが定番だそうな。

とまぁ、こんな感じで山形の名物を堪能。お酒もあって気持ちよくなりました。山形県とひとくくりに言っても、広いですし、名産も多い。特に山形は藩政時代には山形藩、米沢藩、上山藩、天童藩、新庄藩、庄内藩などいくつもの藩に分かれており、文化も風習も結構異なっていますから。

というわけで、まだまだ山形と言えば美味しいものもたくさんあるのですが、一食で何とかしようとしてもそれは無理というもの。今回はこの辺りでお腹も一杯になったので満足のうちに終了。190301192951106_photo
夜の駅西、霞城セントラル。駅西はまだまだ開発が進んでおり、現在東北最大級の大ホールを持つ山形県総合文化芸術館の建設工事が続いていました。

駅西は現在はビジネスホテルが建ち並んでいます。しかし、一体どうやってこんな風に街を一新することが可能だったのかと思うと、昔は大きな工場と、JRの土地があってそれを無くして開発したらしい。

それで納得。だいたい地方の駅の裏と言えば、呑み屋やら古くからある住宅やら、到底立ち退かすのが困難なようなものがぎっしり雑多に詰め込まれているもんなので、一気に開発が進むなんてことはまずない。

その面で言えば、山形駅西の開発の一度に作っちゃった感のスピードが頷けます。

25年前と言えば随分昔な気もしますが、たったのそれだけの期間で、風景が一新するような開発を、県庁所在地の主要駅のそばでやるなんて言うことは普通不可能でしょうからね。

私のように知らない人が来たら驚きますよ。大火事で全部焼けちゃったんじゃないか?とか思うくらい。

そんな新しい街を夜風に吹かれながらホテルに向かって歩いて帰りました。詳しいいきさつや経緯はしりませんが、山形市はそんな恵まれた状況を有効に使えたのですかね?

まず滅多に来ることのない街山形。通過するようなことはあると思いますが、泊まるようなことは今後一生ないかもしれない街。時間は少なかったですけど、ゆっくり歩いて、いい思い出が出来ました。Yamagata190301
今回歩いたルートです。

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2019年3月 2日 (土)

山形市内ぶらぶら散歩

前回の続き。

さて山形市内のホテルにチェックインしたわけですが、山形城跡の霞城公園から山形駅までぐるっと歩いてみようと出かけました。190301153845833_photo
山形駅の西側を歩いてお城に向かいます。約25年前に一度山形市内に泊まったことがあるのですが、当時の面影まったくないです。すごく再開発が進んでいて、道路は広いわ、建物は新しいわ。まるで一回全部更地にして造り替えたくらいのイメージありますね。

正面に見えているのが、山形駅西口前にある「霞城セントラル」というビルで、2001年に完成しておりますので。私は初めて見ました。地上24階の山形市内では最高層のビルで、今では山形のランドマークになっているようです。190301154349950_photo
ほどなく山形城の南大手門へ続くお堀に出ます。190301154611443_photo
南大手門と言っても現在は石垣が残っているだけです。ここからお城に入ります。190301155110886_photo
山形城は最上義光が基礎を築き、鳥居忠正の時代に今の形になったようです。山形城には当時のものがほぼ何もなく、以前に建物をすべて取り壊して更地にして陸軍の駐屯地にもなった歴史からただっ広い公園のようになっています。城跡に野球場があったり、面白いことになっています。本丸跡では現在発掘工事が行われています。Yamagatacastlemap
現在の山形城は三の丸の堀はほぼ完全に埋め立てられ、地図の中央部の二の丸の堀に囲まれた二の丸、本丸の範囲だけが残っています。三の丸を含めた面積では当時日本でも五指に入る規模の東北最大のお城だったとか。山形駅は三の丸の中にスッポリ入っています。当時のお城のど真ん中に山形新幹線が通っているということになりますね。190301155300406_photo
発掘調査の概要が書いてありました。

城の中には多くの桜が植えられて、現在では桜の名所となっています。190301155357307_photo
驚いたことにまだ三月一日だというのに桜の花が。ここの所の陽気で狂い咲き?まさか今年初めての桜を山形で見ることになろうとは。190301155800390_photo
東大手門のそばに最上義光の騎馬像があります。義光と言えば知将のイメージなのですが、随分勇ましい像です。190301155909471_photo
南大手門は石垣のみでしたが、東大手門は平成に入ってから復元されています。江戸城の門にも匹敵する大きさだとか。190301160030005_photo
東大手門を出てすぐに二の丸のお堀にかかる橋があるのですが、堀のすぐそばに電車が走っています。もちろん山形新幹線もここを走ります。見えている木々はすべてソメイヨシノで、ここからは桜の時期はなかなかすごい写真が撮れる撮影スポットとなっています。「山形城 桜」とかで検索すればそんな写真が見つかると思います。190301160209040_photo
橋のすぐ脇には山形美術館があります。190301160403480_photo
そのさらに横には最上義光歴史館が建っています。最上家の「丸に二つひき」の家紋が目を引きます。入館料無料だったので入ってみました。190301161317477_photo
兜や義光が使った鉄の指揮棒(本物)が展示してあり、伊達政宗などの書状や義光の書状も展示してありました。

最上義光と言えば、NHK大河ドラマの「独眼竜政宗」の中で原田芳雄が演じた義光のイメージが強いですね。最上義光の妹の義姫が政宗の母で、岩下志麻演じてました。作品の中では様々な策を弄した梟雄ぶりが原田さんの演技と相まっておりました。

義光の娘の駒姫は戦国随一の美貌とされ、わずか15歳で豊臣秀次の側室となり、その後秀次失脚の際に他の側室とともに三条河原で処刑されます。物語後半の悲哀が前半の梟雄ぶりとうって変わって描かれました。

秀次の失脚は石田光成が大きく関わっていた事とされていますので、その後関ヶ原の合戦の際には義光は東軍に付き、直江山城守兼続率いる上杉軍と壮絶な戦い(長谷堂城の戦い)を行うことに繋がります。

というわけで、個人的には最上義光非常に興味がありますし、戦国の中でも好きな武将の一人なので、今回その記念館に行けたのはよかったです。

最上氏は義光の死後わずか9年で家督争いによる騒動で改易となり、以後山形城は転々と主を変えながら明治を迎えます。でもやっぱり山形と言えば最上義光ですよねぇ。

その後いよいよ山形駅に向かうことにします。

次回に続く。

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2019年3月 1日 (金)

山形へ

3泊4日の秋田での出張は今日が最後。仕事自体はまだ続きますが、私は一足お先に帰る事に。

東北を縦断するには大きく3つの主要道があります。一つは東北の大動脈4号線とそれに沿う東北自動車道。日本海側には7号線とそれに沿う日本海東北自動車道。そしてもう一つはその間の13号線とそれに沿う東北中央自動車道。

日本海東北自動車道と東北中央自動車道は現在完全にはつながっておらず、一部は下道を走らなくてはいけない

先月に今回の仕事の下見で秋田に来たときは東北自動車道で行き、今回は日本海東北道で来ました。ということは、帰りは13号線を通ってみようということで、山形に向かいました。

明日はオフなので、約25年ぶりに山形で泊まって帰る事にしました。

秋田自動車道を横手に向かいます。私が以前このあたりに来た時には秋田自動車道は本当に一部だけが開通したばかりという感じなので、ほとんど通ったことがありません。

花火で有名な大曲を通り横手に向かいます。前回来たときは天気が悪くて見られなかった秋田駒ヶ岳の姿を久しぶりに拝む事が出来ました。190301123346107_photo_2
横手と言えば「横手かまくら」で有名なくらいの豪雪地なのですが、今年は雪が少ないです。

横手と言えば、昔学生だった頃、免許取り立てで中古のおんぼろ車を手に入れたばかりの時、先輩達が突然アパートに押しかけてきて、「車買ったって?俺らが雪道の運転教えてやるよ」とか言って無理やり猛吹雪の横手まで稲庭うどん食べに行こうと言われ、結局行も帰りもずっと一人で初めての雪道を運転させられた思い出があります。

その時は初めて行った横手でしたが、とんでもない雪の量に驚いた記憶があります。免許取って一か月くらいの出来事で、今でもよく覚えています。

当時は秋田自動車道もなかったし、盛岡から雫石を経て、真冬のツルッツルの和賀の峠道を越えていきました。湯田から横手へ抜ける107号線なんか真冬はとんでもない道ですからね。58525456ef75b327d_l
丁度かまくら祭りの時期で、こんな感じでかまくらが街中でも見られました。(写真はネットで拾ったものです)

丁度横手にさしかかった時が昼でしたので横手と言えばB級グルメで有名な横手焼きそばを食べて行くことにしました。190301122009004_photo
JR横手駅。全然雪がない。昔はいかにも「電停」といった味のある駅でしたが、今ではそんな面影が微塵もございません。

横手は北上線と奥羽本線が合流する交通の要衝です。

横手やきそばが一般にメジャーになったのは2000年になってからで、私が東北にいた1990年代初頭当時はそんなものあるなんて知りもしなかったので、もちろん食べるのは今回が初めて。190301115122563_photo
とりあえず横手駅の近くにある有名な「食い道楽」さんに行ってみました。190301115313127_photo
横手やきそばの「四天王」と称されるお店だそうな。190301120509914_photo
目玉焼きがトッピングされているのが横手やきそばの特徴らしいです。

横手から山形へは国道13号線沿いの湯沢横手道路を通って行きました。国道13号線を新庄、尾花沢、天童、山形と抜け米沢を経て会津に抜けるルートで以前走った事はあったのですが、当時はまったく高速やら自動車専用道路なんかなかったのでオール下道で、かなりの時間がかかったものでした。

今では13号線も市街地にはバイパスができて広くなったりしていますが、当時はずっとグネグネとした片側一車線の旧道で、遅い車やトラックなんかがいたらずっとおつきあいしなくてはいけませんでした。

そう考えたらこの20年ですごく発展しましたね。190301140314606_photo
昨年の春に開通したばかりの区間です。尾花沢を過ぎた大石田村山付近。東北中央自動車道はまだ部分部分が開通しているだけなので、13号線に降りたり、自動車道に乗ったりを繰り返しながら行くことになります。

13号線もバイパス化で随分ルートが変わってしまって街の中通るようなことがほとんどなくなってしまって、昔通ったのとはまるで違った道を通っているような印象を受けました。

横手から、湯沢、雄勝、金山、新庄、尾花沢あたりの尾花沢盆地は日本でも有数の豪雪地帯で以前真冬にも通ったことがあるのですが、とんでもない雪の量に驚いた覚えがあります。

その時は真冬の銀山温泉に行ったのですけど、道路の両脇には除雪によった3~4mくらいの壁がそびえ立っておりました。Obanasawa_2
本当にこんな感じで、壁の途中に隙間があって、その裏にコンビニなんかがあって、道路からだとどこにお店があるかわからないみたいな。

しかし今年は拍子抜けするくらいに雪が少なかったです。

天童市には有名な天童温泉があるのですが、まだ入ったことはありません。

道の駅天童温泉に寄ったら足湯がありました。190301144432349_photo
天童らしく将棋の駒の形をした椅子がありました。うら若き乙女の白魚のような足じゃなくて薄汚いおっさんの足ですがすいません。無色透明なちょっとぬるっとした感じだったかな。

足だけですが、天童温泉に入ったということにしておきます。

今日は山形駅付近のビジネスホテルに泊まりました。ホテルに着いたのが15時過ぎくらい。チェックインを済ませて、山形市内の散策に向かいました。

次回に続く

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2019年2月28日 (木)

ぶらぶら秋田(ドライブ編)

秋田での3日目の夜。日中は仕事をして、ホテルで夕食を食べてからお出かけ。

昨日は秋田駅周辺を歩いて散策しましたが、今日は車に乗って特に目的もなくブラブラドライブしようかなということで出発。

そういえば昨日の秋田を歩いた記事の中で、「遠くへ行きたい」の歌の話をしましたが、元々はジェリー藤尾さんが歌っていたのですね。まぁそんなことはどうでもいいとして、その歌詞の中で「知らない海を眺めてみたい♪」というのがあります。秋田と言えば土崎港ということで海を見に秋田港に行ってみました。

福島を起点に米沢、山形、横手と山形秋田の内陸部を縦断する国道13号線が新潟を起点として日本海側を青森まで結ぶ国道7号線とぶつかる13号線の終点の臨海十字路を初めて通過して、以降は7号線を海沿いに進みます。

土崎港は旧雄物川の河口で現在は秋田運河となっている細長い港です。190228223213611_photo
道の駅あきた港があり、そこには「セリオン」というポートタワーがあるのですが、遅かったので登れず。しかも周囲は明かりもほとんななく真っ暗。ろくに写真も撮れなかったのですが、一応行きましたということで。

土崎港は日本書紀にも阿倍比羅夫が蝦夷討伐の際に寄港した記述のある日本でも有数の歴史ある港です。

北前船の寄港地としても知られ、同じく北前船の寄港地である富山ともつながりの深い港です。室町時代に安東氏の元で栄え湊城が築かれました。関ヶ原合戦の後秋田を所領した佐竹義宣が湊城を廃して久保田城に居を構えるまで秋田の主要地でした。

付近には新日本海フェリーの乗り場があり、敦賀~新潟~秋田港~苫小牧東港を結んでいます。

男鹿半島まで続く海沿いに道路が続いています。さすがに男鹿半島まで行くのは遠いのでやめましたが、しばらく海沿いを走ってみました。しかし真っ暗で何も見えず。

7号線バイパスを青森方面に北上し、なんかないかなぁと調べてみたら、昨年甲子園を沸かせた秋田の金足農業高等学校の近くだという事がわかりました。ちょっとネタ的に興味本位でどんな学校か見に行ってみるかとそこまで行ってみました。

しかしたどり着いてはみたものの、本当に真っ暗。後者のシルエットが暗闇にかろうじて見えただけ。ほんと街灯が少なくてねぇ。190228225242729_photo
というわけで行きました記念に門だけ撮って帰る。

もうちょっと行けば干拓で有名な八郎潟なのだが、どうせ真っ暗で何も見えないだろうし、見たことあるので、ここいらで引き返すことに。

まだ二十歳そこそこの頃、一度男鹿半島の先端の入道崎までドライブしたことがあるのですが、当時の写真も失くしてしまい、行った証拠が何もない。能代から大館、鹿角を経て帰った覚えがあるのでこの先の道は走ったことあることにして今回はパス。

やがて20年を経て記憶も相当薄れてほぼ何も覚えていませんけどね。

同じ道を帰るのもあれなんで帰りは7号線からそれて、秋田城跡のある高清水公園の脇を通ってみました。秋田城はいわゆる我々がイメージする戦国時代の城ではなくて、出羽柵が移転されたとされる、西暦700年代の蝦夷と日本との境にあたる柵です。

脇を通過しただけで寄らなかったのですが、行ったということにしておきます。

そこからまっすぐ行くと秋田県庁のある山王大通りにぶつかって秋田駅に至ります。

昨日少し歩いたのですが、山王大通りは竿灯大通りとも呼ばれ、秋田の竿灯祭りの会場としても知られていますね。六車線の広い道路です。

これで今日のブラブラドライブは終了。丁度出発点に帰ってきました。

日中は仕事だから仕方ないのですけど、明るいうちに走ってみたかった気もしますね。

しかし残念ながら今回の仕事では今日が秋田最後の夜。

なかなか来られない秋田での3泊の日程が終了します。もっといろいろ見たいものもあったのだけど、やれるだけの事はしたということで帰ります。

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2019年2月27日 (水)

ぶらぶら秋田

秋田での2日目。今日は朝から本格的に作業を開始。1日たっぷり働いてホテルに戻った。

ホテルで夕食を食べて、生ビールを一杯キュッと流し込んで、今日はせっかく秋田に来たのだから酔い覚ましと散歩がてら秋田駅に行ってみることにした。

ホテルから秋田駅までは2km弱。ブラブラ歩いてみることにします。

駅前からまっすぐ伸びた道路の脇にかつての秋田藩(久保田藩)佐竹氏20万石の居城久保田城の跡がある。場内の建物は明治期にほぼ焼失して現在は千秋公園となっています。190227191327250_photo
丁度千秋公園の前あたりの駅に向かう道路。この先に秋田駅があります。ライトアップされていますが、歩いてる人はほとんどおらず閑散としていました。190227191313285_photo
公園の前には秋田県立美術館があります。190227192409101_photo
駅に到着。ここが秋田駅西口。まだ7時半だというのにあまり人がいません。190227192509907_photo
駅前から今歩いてきた駅前の通りを見た感じ。もう一度言いますが、まだ7時半です。190227192823028_photo
1997年の秋田新幹線開業当時に建て替えられた駅はきれいでおしゃれ。190227192922299_photo
秋田と言えば竿灯が有名ですね。まだ見たことはありませんけど。そういえば、秋田と言えばなぜか高校生が制服の上に上着やコートを着ないのがかっこいいという奇妙な文化があると聞いたことがありました。冬でも学生服で歩くのがおしゃれとか。もちろん上じゃなくて下に着こむらしい。

今日は晴れていたとはいえ、ダウンジャケット着て歩いてる私でも寒くて丸くなって歩くような気温でしたが、結構高校生は制服の上に何も着ないで歩いていました。「へー、本当なんだ」と思いました。もちろんみんながみんなそうじゃないんですけど、この寒いのに上着着ないで歩いている姿は知らない人が見たら「秋田の子供たちは寒さ感じないのか?」って思っちゃうかもしれませんね。

秋田の街を歩いているといろんな女性とすれ違いますが、私は昔から思っているのですが、秋田って本当に美人が多い。「秋田美人」というイメージでそう言ってんだろと思うかもしれませんが、確信持って言えますね。

実際秋田の女性はどこに行っても「秋田出身」と言えば「秋田美人」のレッテルに悩まされるものらしいのですが。

駅前を後にして、また別の道でホテルに戻ります。

昨日飲みに行った川反(かわばた)の街を歩いて帰る事にしました。昨日は飲んで帰っただけなので全然通りを歩きませんでしたから。190227195540499_photo
山王大通りの旭川にかかる橋の上から川反方面を見ます。写真の左側が駅で右が川反。川反とは街の中心から見て川の反対側という文字通りの意味で名づけられたらしいです。安直だがわかりやすい。

もうちょっと街灯とかあればいいのに、真っ暗。光は車のヘッドライト。平日とは言え、まだ8時前ですからね。ここが秋田随一の繁華街とは知らない人が見たら気付かないかもしれませんね。
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旭川を渡って川反方面に向かいます。川反通りというのは川から一本目の通りを指すらしいのですが、狭い通りです。そのもう一本隣に赤レンガ館通りというのがあって、まずはそこを歩きます。写真が通りの名の由来である赤レンガ郷土館。旧秋田銀行本店でしたが今では秋田の郷土資料館・美術館として一般公開されています。建物は国の重要文化財に指定されています。

通りには居酒屋やら郷土料理のお店やらが軒を連ねています。190227200153519_photo
途中にある「すずらん通り」。看板がレトロでかわいかったので。190227200903498_photo
赤レンガ館通りを端まで歩いて、今来た道を振り返ります。看板がいい味出しています。

そこからいよいよ川反通りに入ります。190227201148711_photo
いい雰囲気出している建物があったので記念写真。

赤レンガ通りが表通りだとすると、川反は裏通りな雰囲気。通り一本の違いですが、赤レンガ通りは居酒屋や、BARやおしゃれな飲食店だとすると、川反はキャバクラやら風俗店やらが並んでいて、通りを歩いていると間なしに「お兄さん、どうですか?」と声をかけられまくります。

しかし、全体的に建物が古くて、アンダーグラウンド感満載で、とてもホイホイ入っていく気にはなれません。もうちょっと建物の造りをなんとかしないとなぁ。すげぇボッタくられそうな空気感じますし。「かわいい娘いますよ」とか言われてもそんなのいそうな気がしないもの。自分の母ちゃんみたいのが出てきそう。もちろん実際どうなのかはわかりませんけどね。

この昭和レトロな雰囲気はある意味その筋のマニアにはたまらないものがあるのかもしれませんけどね。

とまぁ、こんな感じで秋田駅界隈をブラブラ歩いてみました。なんだかんだで結構歩いたな。足が痛くなってしまった。

なかなか来られる場所じゃないし、ひょっとしたらもう二度と来ないかもしれませんので。

知らない街を歩くというのは楽しいものです。

なんか頭にダークダックスの「遠くへ行きたい」の歌が回ってきそうな雰囲気ありましたね。

歌詞のように「愛する人とめぐり逢う」なんていう事はなかったですけどね。Akita190227
今回歩いたルート。

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2019年2月 2日 (土)

秋田からの帰宅

土曜日に盛岡に向かって、盛岡で土日を過ごして、月曜日に秋田に向かいました。火曜日の今日は仕事で秋田市内で打ち合わせがあって、それを午前中のうちに済ませていよいよ富山に帰ることになりました。

本当は天気が良ければいいのですけど、朝からあいにくの雪でした。

秋田から富山までは日本海に沿って南下していくことになります。

盛岡に住んでいた頃、毎回毎回高速道路を使わずに下道で車を運転して帰っていました。30往復くらいは全部でしたと思います。当時は高速道路は新潟までしかなくて、磐越、東北道回りで行けば全部高速で行けるのですが、日本海側を行くと下道で行くしかありませんでした。

夜中に走ることが多かったのですが、日中だと15時間くらい。夜中だと10時間くらいかかった覚えがあります。

主に7号線を走るのですが、少しずつ道路が良くなって、年々タイムが縮まって、最高では富山~盛岡を下道で8時間切るくらいまで短縮できた覚えがありますが、まさにノンストップで走り続けねばなりませんので今そんな運転する元気ないかもしれませんね。

それから約20年。今では日本海東北自動車道が少しずつ伸びて、富山から秋田を全部高速道路か自動車専用道路で走り抜けられる日もそう遠くないかもしれません。

日本海東北自動車道は、最後に行ったときくらいにはほんの一区間とかそんなレベルで開通したところもありましたが、乗ることはありませんでした。

今回初めて通ってみることになります。

秋田からは象潟まで現在繋がっています。当時、田沢湖、角館、大曲、本庄と通って日本海に出ていたのですが、市町村合併によって本庄市は由利本荘市に、大曲は大仙市に変わってしまった。そうなってからは初めて通ります。

本庄からの7号線は、西目、仁賀保、金浦、象潟と日本海を横目に見ながら、鳥海山を望んで進む走っていても気持ちがいい道路だったのだが、日本海東北道路は便利にはなったものの、ただ移動するだけのつまらない道であった。

象潟から酒田までは約20km程まだ道路が出来ていないので7号線を走る事になるのだが、ここは懐かしい昔通った道だった。190129121823312_photo
丁度秋田と山形の県境に三崎公園というのがある。鳥海山からの溶岩流が日本海に流れ込んだ場所で、断崖になっており、古くから羽州浜街道の交通の難所として知られ、松尾芭蕉とここを苦労して通過したそうです。190129121630067_photo
溶岩でできた奇岩に日本海の荒波が叩きつけられて迫力がありました。ここからは日本海に沈む夕日が綺麗らしいのですが、時間帯が合わずに見られませんでした。

ここから遊佐、吹浦港の、十六羅漢岩のあたりを通る道なのだが、現在は7号線吹浦バイパスができてショートカットする道になっている。あそこ綺麗だったのになぁ。バイパス通らなきゃよかった。ちょっと後悔。

しかし、初めて日本海東北自動車道を通りましたが、酒田と象潟の間が開通してしまうと、秋田の日本海の美しい沿岸線をまったく通らないということになってしまいますね。この三崎公園も今しか通らないかもしれないなぁと思って寄ってみました。

酒田に入りましたが、7号線は随分広くなり、ました。酒田みなとから再び日本海東北道に乗れるのですが、ちょっと7号線で酒田市内に入って昼食にしようと思い、しばらく下道を行きました。190129124434557_photo
本当は酒田からもこの方向に鳥海山が見えるはずなのですけど、まったく見えませんでした。鳥海山が見たかったのに本当に残念です。

昔は全く知らなかったのですが、酒田には「酒田ラーメン」なるものがあり、近年では有名になってきました。魚介系の出汁の透き通ったスープが特徴だとか。実は山形県はラーメン消費量が日本一といわれ、ラーメンを愛する県なのだ。酒田ラーメンの他にも、米沢ラーメン、赤湯ラーメン、とりもつラーメン、冷やしラーメン、鳥中華などのご当地ラーメンが数多く存在し、有名店も数多く存在します。

こりゃ、酒田に行ったら、酒田ラーメン食べるっきゃない。

というわけで、酒田ラーメンの人気店に行って酒田ラーメン食してきました。190129130653121_photo
平日のお昼の1時過ぎですが、大勢の人で賑わっていました。魚介のスープがおいしい。

その後、7号線で鶴岡に向かって最上川を渡ったところにある酒田ICから再び日本海東北道に乗りました。

鶴岡から、新潟の村上までの道路は、由良辺りより、海沿いの景観の良い道で、昔から通っていても好きな道でしたが、そこいらをまとめてショートカットしてしまい。山の中を通ることに。日本海東北道だと、旅ではなくただの移動になってしまいますね。

あつみ温泉から、新潟県境の朝日までは再び日本海東北道が未開通区間なので、海沿いを走ります。

冬の日本海の海岸線名物「波の花」が舞い飛んでおります。久しぶりに見ました。石けんの泡のような飛沫が道路にフワフワ飛んでます。
190129141750405_photoみちの駅あつみに寄って日本海を見ます。ここは夕日が凄く綺麗なところで、昔見たことがありますが、今回は時間が合いません。190129141712143_photo
みちの駅あつみは今でこそ全国にみちの駅が大量にありますが、1993年とかなり早いうちにできたみちの駅の1つで、昔は夜中に日本海側を移動するとコンビニなんかもほとんどなくて、ここの所にヤマサキデイリーショップがあって、数少ない休憩ポイントでした。

もうコンビニは無くなってしまっていましたけどね。20年前は7号線沿いといえど、コンビニは無く、ガソリンスタンドも24時間営業の店は少なくて、ちゃんとそれらの場所を記憶しておかないといけませんでした。今はスマホですぐに行く先々のことを調べられるのであんまりそんな心配しなくて良くなりましたけど。

鼠ヶ関から村上に抜ける道路も、7号線のバイパスじゃなくて、本当の海沿い、現在の345号線の笹川流れから瀬波温泉、そこからの海沿いの113号線は一度は車で通ったらいい道路ですね。昔は何回も通りました。

朝日まほろばICで再び日本海東北道路に乗れば、後はもう富山までは下道を通ることはありません。完全に後は「移動」と言うことになってしまいます。

完全に日本海東北自動車道が開通するのはいつのことになるのか分かりませんが、単に移動と言うことになれば秋田は随分近くになったと思います。昔、高速道路がない秋田って富山からだと遙か彼方の地でした。

今回下道区間を通ったときに、ちょっと寄り道したり、過去の思い出に浸ったり、これらのことをほんの少しの区間だけでも感じられたのはよかった。時間さえあれば高速なんて乗らない方が楽しめるのは間違いないのですけどね。

でも今回通った所も、いずれ高速が繋がったらきっと通らなくなってしまうのかもしれません。

新潟、山形、秋田の海沿いの狭い所に密集する数々の漁村。それらの風景を見るのもひょっとしたら今回が最後になっちゃうかもしれませんね。

土曜日から火曜日にかけて、4泊5日の旅でしたが、総走行距離は1600kmでした。その前の木曜日金曜日は広島に行っておりましたからこの一週間で約3000km程走りました。

稚内から鹿児島まで日本列島縦断するよりも長い距離走りましたね。

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2019年2月 1日 (金)

盛岡から秋田へ

2泊3日の盛岡の滞在が終わり、月曜日の朝に盛岡を離れ秋田に向かった。元々今回の旅の本当の目的は秋田で用事を済ませるという事で、いわば盛岡はそのついで。

盛岡は遊びで、秋田は仕事である。本格的な仕事は火曜日なので、本日は秋田に移動してホテルに泊まればいいというなんとも楽な行程。

昨日遅かったので朝は9時くらいにゆっくり盛岡を離れました。190128095911033_photo
天候はあいにくの雪。もちろん岩手山は見えませんでした。国道46号線を秋田に向かいます。雫石町の46号線は昔はよく走った道でしたので懐かしく思いながらハンドルを握ります。190128102355792_photo
秋田と岩手はかなりの長い距離県境を接しておりますが、山地に阻まれて特に冬場だと行ける道は限られています。峠の山道を登って、県境にある仙岩トンネルを潜ったら、秋田県に入ります。久しぶりに通りましたね。

盛岡から秋田へは今では道路も随分よくなって4時間ほどで着きますので、ただ真っ直ぐ移動だけしては時間も余る。田沢湖のそばの秋田駒ヶ岳の山麓には超有名な温泉である乳頭温泉郷があります。せっかくここまで来て、これを素通りする手はございません。

と言うことで46号線から右にそれて乳頭温泉に向かってみました。190128130041281_photo
凄い雪です。除雪も完全じゃなくて雪を舞い上げながら山道をどんどん登って行きます。

乳頭温泉には「鶴の湯」「妙乃湯」「蟹場温泉」「孫六温泉」「黒湯温泉」「大釜温泉」と名だたる名湯が集まっています。盛岡にいた頃にはそんなに遠くはないので、よく行きました。

その中でなぜか「妙乃湯」だけ入ったことがなかったので、20年越しの完全制覇を果たすため「妙乃湯」に入って行く事に決めていました。「鶴の湯」に一番行ったと思うのですが、他はまんべんなく行ったけど、なぜ抜けてたのかな?190128105128712_photo
程なく雪の中に佇む「妙乃湯」に到着。大勢の観光客でいつも賑わう乳頭温泉ですが、こんな大雪の月曜日。ゆっくり温泉に浸かるには最高ですね。どんな秘湯、名湯でも芋洗いじゃ萎えますもんね。190128113416446_photo
玄関からいい雰囲気。日帰り入浴料金を払って温泉に入ります。乳頭温泉の硫黄の香りが鼻をくすぐります。

早速混浴の露天風呂に入ります。東北の温泉って宿の一番メインの風呂は基本混浴が多いので、それが嫌なら一番いいところには入れません。文化だと思いますね。そんなに抵抗は感じません。(男だからかな?)でも守っていって欲しい文化だと思いますよ。男と女が一緒に湯船に浸かる文化って、世界的にも貴重ですし。

男の入浴時間、女の入浴時間とかやらないで欲しいですね。東北の温泉はそれも含めての風景に味わいがあるのです。スケベ心じゃなくて。Tanoyu
混浴露天には男女一緒に入っていましたから写真は撮れませんでしたので、写真はネットの拾いものですが、まさにこんな感じ。私もシンシンと降る雪の中、菅笠を頭にかぶって入って来ました。なんかこう、いろんなものが洗い流されていく気がしますね。190128111611332_photo
内湯は誰もいなくて貸しきりでしたのでパチリ。いい雰囲気ですね。190128112210239_photo
内湯の窓の外に見える景色です。紅葉の温泉もいいですが、山深くの秘湯にはやっぱり雪が似合いますね。190128112911120_photo
風呂上がりに、火鉢にあたって、川面を眺めながら少し休憩。からだはぽっかぽか。

本当はこれで満足満足と言いたいところだったのですが、せっかくだから温泉はしごもいいかなと思って、昔よく行った「鶴の湯」にも足を伸ばしてみようと思って向かってみました。190128123244969_photo
「鶴の湯」は温泉好きなら一度は行ってみたい超人気の温泉で、いつも凄い人なのですが、こんな日に行けるのは絶好のチャンス。実に20年振りくらいに行きますが、どうでしょうか?

雪の山道を車で進んでいきますが、昔よりは道は良くなった気がします。昔学生の頃は行くなら平日に行っていました。その頃はまだ休日でもそこまでの人ではなく秘湯の雰囲気があったのですが、秘湯ブームが来て、ネットの発達と共に休日には大混雑になって雰囲気もあったものではないと言う状態が全国各地の秘湯で見られました。

「鶴の湯」も例外ではなくて、ネットの口コミなどでは、大絶賛の声と共に客の多さにうんざりなコメントも多く見られます。まぁ、それだけ凄くいいのは間違いないんですけどね。だから今日みたいな日は本来の秘湯の「鶴の湯」の雰囲気を堪能できるチャンスなわけで。多分こんな状況じゃないと、初めから行く予定ではなかったし、行かなかったかも。190128115735967_photo
やがて「鶴の湯」本陣が見えてきます。久しぶり。変わってないなぁ。190128120121657_photo
ここに宿泊したことはないのですが、そのうち泊まってみたいものです。190128120214918_photo
これが日本で一番有名と言っても過言ではない露天風呂(混浴)。残念ながら、この日は清掃時間帯と重なったため入れませんでした。でも何回も入ったことあるし、よしとしましょう。写真だけ撮影。

露天風呂の中は砂利なんですけど、その隙間から直接温泉が湧いているという希有な風呂です。以前は壁のない屋根だけの脱衣所で、風呂の脇で服を脱ぐという、なかなか特に女性にはハードな風呂でした。190128120311627_photo
内湯もいくつかあって、ほぼ貸し切り。お湯は一緒なので内湯に浸かってきました。190128121220870_photo
内湯とは言え、貸し切りの鶴の湯ってなかなか貴重な体験。ゆっくり浸かっていたい気もしますが、妙乃湯とはしごして、湯あたりするといけないのでそこそこで切り上げ。温泉成分が強烈ですからね。やりすぎると体調悪くなったりします。特に硫黄泉は気をつけないと。190128122025895_photo
久しぶりの「鶴の湯」でしたが、来て良かった。

ここで秋田市に再び向かうことにします。46号線から角館に向かうのが通常なのですが、田沢湖の脇を通って105号線で角館に向かってみました。190128130141505_photo
大雪の田沢湖。天気が良ければ秋田駒ヶ岳が綺麗に見えるはずなのですが残念でした。190128133802553_photo
雪の角館武家屋敷を車で通ってみました。歩いてみようと思ったのですが、大雪すぎて車で通っただけにしました。

私は昔盛岡に住んでいた頃には車でいつも富山に帰ったいたのですが、その時は、角館から大曲、本庄と日本海に抜けるのが常でした。角館から秋田へは46号線をそのまま秋田市方面に向かいます。何気にこの道はほとんど通ったことがありません。

20年前に男鹿半島に旅行に行ったときに一回通ったきりかもしれません。190128141558388_photo
途中協和と言うところの道の駅で遅めの昼ご飯。190128142823223_photo ちょっと場所は違うのですがせっかく秋田に来たので稲庭うどんを注文してみました。久しぶりに食べたな。

秋田市内は通過した事はあったのですが、そこに滞在するのは今回が初めてでした。だから秋田市のことは全然知りません。秋田駅付近のホテルにチェックインして。一人で夕食を食べに行きました。

せっかっくですので、きりたんぽ食べたことがなかったのできりたんぽ食べに行くことにしました。190128183158440_photo
目の前で炭火で焼いてくれます。190128184342484_photo
生ビールを注文し、ハタハタを薦められましたので、ハタハタ寿司を頼んでみました。ハタハタは富山でも食べるのでそんなに珍しくはないのですが、ハタハタ寿司は初めてでした。富山でいうところのブリを使ったかぶら寿司的な感じのハタハタバージョンって感じかな?190128184621549_photo
なかなかビッグなきりたんぽが、比内地鶏の汁を吸っていい感じ。おこげの香ばしい感じもいいですね。芹の根っこが入っているのが本場のきりたんぽ汁の特徴らしいです。

なかなかお腹もいっぱいになって、満足して帰りました。お店のおばちゃんの秋田訛りもよかったです。

次にまた来ると思いますので、今度は「だまっこ鍋」も食べてみたいかな。

というわけで、今日一日ちょっと寄り道しながら盛岡から秋田に入りました。やっぱり東北はいいところ一杯あるなぁ。

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2019年1月26日 (土)

盛岡に向かう

前日一泊二日の強行スケジュールでの広島出張から帰ってきたばかりなのですが、今朝は今度は北に向けて出発。

次の目的地は盛岡であります。実際は月曜日に仕事で秋田に行かなくてはならないのですが、たまたま土日が休みですのでプライベートな旅行と絡めての盛岡旅行です。

以前盛岡に住んでいたことがあって、その当時の知り合いが何人か住んでいます。今では年賀状のやり取りくらいでほとんど会うことができないでいるのですが、これを機会に声をかけてこられる人だけでのささやかな同窓会を計画しました。

盛岡を離れてはや20年。最後に訪れたのは同級生の結婚式で行った15年前。以来、年賀状には毎年のように「今年は行きたい」とか書き続けるもなかなか願いも叶わず時だけが過ぎていきました。

その念願を今回やっと叶えることができます。あれもしたいし、ここにも行きたい。あれも食べたいし、これも食べたいと積年の思いが爆発寸前なのですが、いられるのは土日の二日間とあまりにも短い。

少しでも滞在時間を稼ぎたいとのことで、朝は5:00に家を出発。

今年は暖冬で雪があまり降らないのに、私が東北に行こうとしたその時に限って寒波。家を出てからいきなり雪であります。まったく長距離移動なのについていない。

高速道路上には積雪があり、のっけから疲れる。

それでも頑張って運転し、新潟に近づくと路面にはほとんど雪がありませんでした。

結局雪が降っていたのは富山から長岡の間くらいで助かった。190126095426271_photo

一人なのでノンストップで福島まで。安達太良サービスエリアまで一気に来ました。

今回は残念ながら景色も良くなくて、周囲の山々も拝めませんでしたので、ただひたすらに黙々と盛岡を目指します。

仙台に差しかかかるころには晴れてきました。ついに念願の岩手県に入ったのは昼前といったところでした。頑張ったおかげで早く進みました。

一関の手前でふと予定にはなかったのですが、天気が良かったのと時間があるので毛越寺と中尊寺に寄って行こうと思い立ち、すぐに一関で高速を下車。

昔住んでいたころに中尊寺に行こうと思いながらも結局行かず仕舞だったのがずっと心に残っておりました。盛岡からだと県内といってもそれなりに離れていますからね。

まずは毛越寺に行きました。2011年に中尊寺と併せて世界遺産に登録されています。

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これが今の本堂です。お参りしてきました。

毛越寺の脇にあるのが、奥州藤原氏の二代基衡、三代秀衡の時代の伽藍の跡です。当時の建物は残っていませんが、庭園の池が残っています。まぁ、その当時の池が残っているだけでもすごい事なんですけど。190126121748835_photo

冬ということで池の水は凍っていました。190126120513382_photo

池の周囲を一周して眺めてきました。冬というのもまた風情があってよかったかも。

次はいよいよ中尊寺に向かいます。毛越寺からは車で数分といったところです。金色堂は誰もが知っている有名なもので、教科書などで見たのを覚えている人も多いと思います。

平泉の黄金文化の象徴ですね。

以前見ました大河ドラマ「炎立つ」で奥州藤原三代の栄華と滅亡が描かれました。あまり人気はなかったみたいですが、この作品は私は名作だと思っています。若き日の渡辺兼の名演が光ります。190126122917798_photo

金色堂は小高い山の上にあり、ふもとからは尾根を登って行くことになります。尾根沿いにはお堂が並んでいます。登り口には中尊寺と彫られた石柱が立っています。結構な急坂です。

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途中開けた場所からは北上川とそれに沿って走る東北道が見下ろせます。北上川の水運と肥沃な平野が奥州藤原氏の発展の礎です。190126123831934_photo
中尊寺の本堂にお参り。

本堂から少し上がったところに金色堂があります。190126130203447_photo

金色堂はコンクリートの建物で覆われていて、外からは見ることができません。拝観料を払った人だけ内部の建物に入れます。

撮影禁止なので写真はありませんが、思ったよりも小さかったです。約15.4m四方の建物だとか。

でも素晴らしかったです。見に来てよかった。当時、京から遠く離れたこの地にどうしてこのようなものを作る文化が発展したのか?正直驚きます。一体どうやって作ったのでしょうなね。満足な道具がないのに螺鈿細工をするのは気の遠くなるような手間暇がかかります。貝って結構硬いのです。190126130815625_photo
あまり人はいませんでした。雪景色の参道はなかなかいいものでした。

やっぱり寄り道してよかった。このような思い付き寄り道も一人旅の醍醐味。

再び東北道に乗って盛岡を目指します。

晴れていたので和賀岳などが白く美しかったです。盛岡に近づくと高速からはいよいよ岩手山が見えてきました。山頂の方はちょっと雲がかかっていたのですけど、雄大な裾野は懐かしく、帰ってきたとの思いを呼び起こします。

正直結構ジーンと来て、やっぱり岩手山って美しい。

「汽車の窓 はるかに北にふるさとの山見え来れば 襟を正すも」(石川啄木)

それからホテルのある盛岡駅に向かいましたが、20年ぶりに走ったら随分道路や周囲の様子が様変わりしていて、まるで別の街に来たみたい。

すごく発展しました。

ホテルにチェックインしていよいよ街の散策に出かけました。

次回に続く。

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2019年1月25日 (金)

再び広島へ

木曜日に富山を出発して、一泊二日の強行スケジュールで再び広島に行ってきました。

今回は打ち合わせと納品。一人ではなくて協力会社の人と交代交代で運転しながら行きました。

北日本に寒気が入って大荒れになっていたのですけど、西日本は穏やか。天候がよかったのが幸いしました。

行きはこの前行ったときと同様に山陽道を通って行ったのですけど、やっぱりつまらない道。トラックが多くて萎えます。

今回は行った日に用事があったので、朝五時に富山を出発。昼頃には広島県に入りました。
その気になれば午前中のうちに広島に到達することも可能。190124120557050_photo
サービスエリアで昼食。尾道ラーメンがあったのでとりあえず注文。うーん、やはりサービスエリアで頼んだのが失敗。とっても微妙でした。いつか尾道の名店で食べてみたいものです。

広島から尾道って結構離れているんで、なかなか行けないかも。

予定通りに納品と打ち合わせが終わってホテルに向かいました。翌日は帰るだけなので気軽です。

今回泊まったホテルは広島の市街から少し離れたところにあったので、市街地観光はできませんでした。

ホテルの近くでせっかくだからお好み焼きを食べようと調べてみたらなかなかよさそうなお店があったので二人で入ってみました。

お好み焼きやさんと居酒屋が合体したお店で、このスタイルはあまりこちらでは見かけないスタイルです。カウンターに鉄板があってお好み焼きを焼いてくれます。190124181612673_photo
まずは生ビールで乾杯。おつまみは牡蠣のバター焼き。プリップリで美味しい。

広島のお好み焼きは少々焼きあがるのに時間がかかるので、早速二杯目を注文。190124183038212_photo_2
二杯目のビールを半分ほど飲んだくらいにいよいよお好み焼き登場。やっぱりボリューミー。

評判どおりなかなか美味しかったです。

今日は朝に広島を発って富山に向かって出発しました。

山陽道にうんざりしたのと、次の機会のために中国道回りで帰ってみることにしました。

ナビによると中国道から帰ると約30分くらい余計にかかる計算なのだが、中国道はトラックも少なく、快適に走れました。こりゃぁ絶対に次に来るときは中国道かな?次に来るかどうかはわからないですけど。

富山には三時過ぎに到着。一人ではないとは言えやはり一泊二日の約1400kmの移動はこたえました。

明日も長距離移動の予定なのではよ寝よ。

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