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2019年8月16日 (金)

さようなら高岡大和

今月の25日にいよいよ高岡大和が閉店となる。歴史を調べると戦中の昭和12年(1937年)に丸越高岡店として開業。昭和18年(1943年)に宮市大丸と丸越が合併して株式会社大和を設立した際に大和高岡店と名前を変えて今に至っています。

駅前に百貨店があるというのが、そこそこの街であるというステータスとも言えるのであるが、日本全国の地方都市では百貨店の苦戦が続いており、今年2019年には全国で10店舗の百貨店が閉店する予定です。その理由はといえばちょっと考えればわかるでしょうから割愛。

大都市圏では百貨店の経営は必ずしも悪いわけではないのでしょうが、人口の少ない都市では苦戦を強いられているようだ。

高岡大和の閉店は高岡市の衰退とも関連がないとは言えない、周囲の商店街である御旅屋通などの商店街はシャッター通りとなっている。巡洋艦も駆逐艦も沈んではいかな巨大戦艦もその機能を失う。戦艦や空母は単体ではさしたる機能は果たさない。

今年の春にNHKのニュースでも高岡市の財政破綻が報じられ、4月に放送されたNHKスペシャル「崖っぷち!?わが町の議会」の中でも破綻財政の地方自治体として紹介された。私もその放送を見たのですけど、突然高岡市が出てきて驚いたのを覚えています。しかも過疎地域の議会が崖っぷちというのではなく、人口もそこそこ、税収も産業もある街が議会の無計画な浪費により財政破綻という恥ずかしい取り上げられ方でした。

高岡ではコミュニティーバスや公共施設の閉鎖など、市民が受けられるはずの公共サービスは年々縮小していっております。

同じ富山市の大和周辺は、道路や歩道も整備され、市民プラザの開館、城址公園の周辺整備など観光客や買い物客が市街地中心に集まるような手を打って一応それが成功しているように見えます。

人口こそ違えど、百貨店の周りの商店街、駅、城址公園、路面電車など置かれている状況はほぼ同じであるのに、この凋落ぶりといえば、ひとえに高岡市議会の無能と言われても仕方がないのかもしれません。

今年の春に高岡大和閉店が発表された際に、市長が存続のお願いに慌てて大和に向かったとニュースが流れて呆れました。なんら存続の手立てを講じず、むしろ足さえ引っ張ってきた市がいよいよ経営が立ち行かなくなったときに、思いとどまれとは本末転倒も甚だしい。どこかの国の大統領みたいに策がないのに口だけみたいな。

私的には、新幹線駅が駅南に作られ、巨大ショッピングモールの付近への出店を後押しした流れを見て、高岡市は大和を中心とした駅前商店街の事は完全に見放したものだと思っていました。もちろんそれだけが原因じゃないんですけどね。

今月に入って閉店セールが行われています。今月の25日には閉店になります。妻と一緒に最後の大和に行ってみることにしました。1565923623634_20190817095601 入り口には従業員一同の感謝の気持ちを表したパネルが設置されていました。先週閉店セールの新聞広告が出された日は大勢の人で賑わったらしいのですが、今日はそんなに多くの買い物客が来ているわけではありませんでした。そんな投げ売りレベルの値引きではないですからね。

大和といえば、私が子供のころにはちょっとおしゃれに着飾って行かないといけない場所でした。白いシャツに半ズボン、サスペンダーなんかしちゃったりして。

高岡大和で買い物というのは家族にとっても特別な日でした。屋上に遊園地があって、ペットショップがあった覚えが。お母さんにソフトクリーム買ってもらうのが楽しみで楽しみで。レストランで赤いケチャップのチキンライスの上に国旗が刺さって、オムレツが添えられたお子様ランチは大和という異世界の象徴でした。

店内はすごい人だかりでした。御旅屋通も人であふれていました。お祭りの縁日に行ったみたいでワクワクしました。

大人になっても時々大和で買い物をしました。大和で扱っているメーカーの財布が気に入ってて、ここしばらく財布は大和で買ったものを使っています。娘の高校の制服も大和で買った。そういえば大和の制服はちょっと違っているらしくて、この制服を着ているのが娘たちで最後の世代になっちゃうのね。

閉店の店内を見学にふらふら歩きまわって帰ってきたのではなくて、せっかくだから買い物もしてきました。ちょうど時計が欲しいと思っていましたので半額というありえない値段でしたから思い切ってちょっといいのを買いました。高岡大和最後に買った形見として大切に使いたいと思いますね。

ギャラリーには絵画なども並んでいました。棟方志功の絵画など本物の美術品が見られました。百貨店は昔、地方の田舎都市で本物の芸術に触れられる数少ない場所でした。何百万もする絵を見たのは大和が初めてだったかもしれません。

私が高校時代の今から約30年前、高岡大和は新しく建て替えられたばかりで、御旅屋通も多くの店でにぎわってました。バブルに沸いた時期ですから。高岡駅前にはレコード店も、本屋もカラオケ店、飲食店など何でもそろっていました。学校の帰りに駅前に行って買い物をよくしました。御旅屋通にはまだ映画館もあって、友達とよく見に行ったものです。椅子とかぶっ壊れているのもあるような味のある映画館で、当時は有名映画とB級映画の二本立てでしたから、変な映画もいっぱい見ましたね。今となればB級映画の方が内容覚えているみたいな。インパクトありましたからね、はちゃめちゃで。

さすがに高校生の時は大和で買い物なんかしませんでしたけど、大和を中心とした町にはまだ活気があった時代でした。

あの時の高岡の賑わいは、私の青春が二度と戻ってこないのと重なってしまってノスタルジーですね。

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